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最高裁判所第三小法廷 昭和58年(す)20号 決定

主文

本件申立を棄却する。

理由

本件準抗告の趣旨及び理由は、別紙準抗告申立書記載のとおりである。

一件記録及び当裁判所の事実調の結果によると、申立人は、昭和五八年一月五日付の押収品還付請求書をもつて最高検察庁の検察官に対し、押収されている申立人所有の現金三〇万円(一万円札三〇枚)及びサック付印鑑一個(以下「本件押収物」という。)の還付を請求したところ、右押収物は、申立人に対する爆発物取締罰則違反幇助被告事件についての証拠として提出されることなく、右被告事件の第一審裁判所である東京地方裁判所に対応する東京地方検察庁において保管され、押収を継続されているものであり、検察庁における実務の取扱い上、当該押収物が第一審裁判所に対応する検察庁において保管され、押収を継続されている場合には、被告事件が上訴審に係属しているときであつても、右検察庁の検察官において還付等の処分をすべきものとされているところから、最高検察庁の検察官は、右押収品還付請求書を東京地方検察庁に回付し、同庁の検察官が、前記被告事件の第一審公判担当検察官から還付不相当との処分意見を徴し、また、上訴審裁判所に対応する東京高等検察庁及び最高検察庁の各検察官からいずれも右処分意見のとおり処理されたい旨の指示を受けた上で、本件押収物については申立人に還付しないこととし、東京地方検察庁の担当事務官に指示し、同事務官において、申立人に対し、本件押収物については最高検察庁の検察官の指示により全関連事件の確定時まで還付することができないので通知する旨記載した同事務官名義の書面を郵送してその旨通知したところから、申立人において、本件押収物を還付しない旨の右処分を不服として、当裁判所に本件準抗告の申立をしたものであることが認められる。

ところで、検察官が保管の責めに任じている公判不提出の押収物については、押収及び還付等の処分の根拠及び手続等を規定する刑訴法その他これに基づく関係各法令の趣旨に照らし、事柄の性質上、押収の基礎となつた被告事件がどの裁判所に係属している場合であつても、特段の事情のない限り、現にその物の押収を継続している検察庁の検察官において還付等の必要な処分をすべきものと解される。したがつて、東京地方検察庁の検察官が現に保管の責めに任じ、押収を継続している本件押収物に関しては、たとえ前記被告事件が当裁判所に係属しており、最高検察庁の検察官が前記のような指示をし、申立人に対する前記通知書中にもその旨の記載がされていたとしても、右指示は検察庁内部における事務処理上の手続としてされたにとどまり、他に特段の事情も認められない本件においては、申立人に対し右押収物を還付しない旨の処分をしたのは、東京地方検察庁の検察官であつて、最高検察庁の検察官ではないというべきである。

してみると、右処分に対する刑訴法四三〇条一項所定の準抗告は、最高検察庁に対応する当裁判所ではなく、東京地方検察庁に対応する東京地方裁判所が管轄裁判所であつて、同法四三一条により同裁判所に対して申し立てるべきものといわなければならず、管轄裁判所ではない当裁判所に申し立てられた本件準抗告は、不適法というべきである。

よつて、同法四三二条、四二六条一項前段により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(伊藤正己 横井大三 木戸口久治 安岡滿彦)

申立人の準抗告申立書

申立の趣旨

申立人が一九八三年一月五日付でなした押収品還付請求を認め、現金三〇万円、印鑑一個(荒井名儀・皮サック付)を還付するとの決定を求める。

申立の理由

一 現金三〇万円について

右現金は何ら不正に入手されたものでも、被告事件と関連あるものでもなく、申立人の正当なる私有財産である。今後の審理においても右現金の存否が争点となることはあり得ないし、仮にあつたとしても現金そのものが必要ということはないのであるから、検察官が証拠として必要であるのなら、写真として保存するなり他の方法で保存すれば足りるものである。百歩譲つて検察官は、右三〇万円のうち五万円を私が“狼”から斗争資金としてあずかつたとの主張をしているので、そのことを立証するために右現金の押収を継続が必要であると主張するのであれば、何も三〇万円全額を押収し続ける必要はなく、うち五万円のみ押収し、二五万円は還付してしかるべきである。(五万円についても、五万円を“おつり”として受けとつたことは、申立人も認めており、その用途のみが争点となつているにすぎないのであるから、五万円の現金をいくら眺めてもその使い途がわかるわけではなく、五万円のみの押収継続の必要性も全くないことは明白であるが……。)

現在のようなインフレのすさまじい社会にあって、現金の価値は年々低下するばかりであり、押収が継続されることによつて申立人が強いられる経済的損失は極めて大きく、右現金の押収は、何ら正当な手続きによらずして、申立人に経済的刑罰を科すものであり、憲法三一条に定められた法定手続の保障に違反するものである。右現金は、今後の裁判費用として必要なものであり、直ちに返却するよう申立てる。

二、印鑑について

右印鑑については、検察官ですら、何ら被告事件との関連性を主張しておらず、主張しようにもできるはずもないのである。右印鑑はそもそも押収自体が不当であり、直ちに返却されてしかるべきものである。申立人は、民事裁判の書類作成、公正証書作成、その他の私用に右印鑑を必要としており、右印鑑が返却されないために非常な不便をきたし、困つているのである。右印鑑の押収継続は、検察官の必要性からのものではなく、単なるイヤがらせにすぎないものであつて、現金の押収継続と共に私有財産権の侵害であり不当である。

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